34-2.『慣れたら しくじらせてやれ』とか言ってるし............
《前回を御覧でない方はこちらから............》
『あっ、すいませぇ〜ん。そのアイアン あたしのぉ〜』
グリーンのカラーに置き去りだった九番アイアンを手にカブで走っていた俺に、フェアウエイの反対側にいた女の子が黄色い声を張り上げては手を振ってみせていた。
握っていたアイアンを掲げて了解の合図をして、カート道に止まっていたカートのキャディバッグを覗き込んで、念の為にメーカーや番手を確認した俺の目の前に、いきなりクラブが突き出された。
この若造が 手を振った姉ぇちゃんの連れらしい。ポロシャツの襟を立てて 首っ玉にちゃらちゃらいっぱい巻き付けて、今にも泣き出しそうな曇り空だってのに レンズがミラーの ウルトラセブンの変身の“なんとかアイ”みたいな形をしたグラサンかけて、サンバイザーとスパイクは白いけど その真っ赤ちゃっかのポロシャツとパンツは 一時の●●●クンの最終日の勝負服並にセンス悪いから止めときなさいって............
「これ、落ちてたからぁ」
●クンもどきは 無表情に 且つ いたくぶっきらぼうにそう云うと俺の胸元ににそのクラブを突きつけた。
そうして『落ちてたからぁ』の語尾で何故か馬鹿口を歪めて開けたそのままに、俺の手にしていた女物の九番アイアンを毟る様に取り上げて 女の子のキャディバッグに投げ込むと 後も見ずにカートに乗って走り出した。
野郎、ありがとうでも どうもでもない。
女郎を見遣れば ざっくりざっくりフェアウエイを耕しては嬌声を上げるばかり。
然様 斯くなる手合いを相手に 赤くなったり青くなったりしても千に至らず百もよだらも無きことぞ。時追うて色の変わるは辻に立つ信号機に任せておけば良い。なんて理合いは、 姓は疾っくの 名は百も合点左右衛門二百も承知の助......って、それじゃぁ うちのキーパーと一緒だよ。
それにしても嫌な感じだわぁ............
でも 兄ちゃんの手袋に着いていた小っちゃなカウンターは、確かハウスの売店で売っている二桁カウントできる奴だったわねぇ、
ど下手が ●クン 気取っても滑稽なだけだよ お兄ぃちゃん。
まぁ何にしても小っちゃな器の可哀想な兄ちゃん............あのお姉ぇちゃんも可哀想なんだか、二人ともなんだか、どっちもどっちのお似合いなんだか、もういいや............
で、兄ちゃん寄越したのは 随分と使い込まれたユーティリティの三番だった。
とりあえず前の組.........
「あっ、うちのじゃないから」
その前の組............
「ああぁ、それ三ホールくらい前の特設に落ちてたじゃんね。俺んとこじゃねぇよ」
そのまた前の..................
「知らないよそんなの。それより俺のヘッドカバー知らない?」
って、俺だって知らねぇやい、
お前ら 苟も畏くも日の本の國の生を戴いた民草の身にあらば 相身互いって事くらい.........って、これも うちのキーパーの受け売りになっちまう。
やばいな俺、ほんの短い間に隨分と“芝生のカルト”に毒されて来ちゃってるんだな............
「ああぁ、それそれ。私のですよ。わざわざ届けてくだすった。いや本当にありがとうありがとう・・・・・・」
ユーティリティの主は もう随分とお年を召したご夫婦だった。何だって 俺の手をとらんばかりなんですが。たかがクラブ一本を届けてここまで感謝される事もないんですけど.........
「・・・・・・でね、これさっき拾ったんです。多分前の組だと思いますが 私たちプレーが遅くて大分離されてしまいましたんで、恐縮ですが あなたお願いできますか・・・・・・」
って 手渡されたが、こりゃぁまた随分と思い切って膨らませたヘッドのドライバーだこと。一体全体 何ccあるんだか。ここまで大きいと 下品としか言い様がねぇだろうに.........って、ちょっと待て。
九番アイアン・ユーティリティの三番・ドライバーって、渡されるクラブがだんだん大きくなるってのは.........俺は わらしべ長者かよ?
「・・・・・・で、何が言いたいのかさ」
俺が管理棟に戻った時、またしとしとと降り出してしまった雨の中 キーパーは玄関の庇の下に座り込んで 前任地から連れてきた犬と遊んでいた。
「でね、下品なヘッドのドライバーの主をようやく見つけたと思ったら、今度はパターを拾ったからって渡されちゃったんですよ。まぁ、行きがかり上断るわけにもいかなくて預かっちゃったんですけど、俺のわらしべ長者伝説に泥を塗られちゃったと思うと、なんだか悔しくてねぇ。もう 持ち主探す前にマスター室に放り込んで来ちゃいましたよ・・・・・・」
「お前、まだまだだな・・・・・・」
胡座をかいて座った奴の腿に顎を乗せて蹲った犬のもふもふした喉頸の毛を、その皮や肉ごとわにわにしながら奴は呆れた様に薄く嗤った。
「・・・・・・“Drive is Show,Put is money” って云うじゃぁねぇか。お前 あと一歩のところで わらしべ長者になり損なったんだな」
二の句を継げない、と云うのは まさしくその時の俺だった。
「で、何か聞きたいことがあったんじゃぁなかったっけ?」
事務所のソファにだらしなく寝転がった奴は、さも懈さも極まったが如くに聞いてきた。
「そうそう。肥料の件ですけど、何でそんなに単肥に拘るんだかね・・・・・・」
「やっぱり お前ぇ、まだまだ なんだなぁ・・・・・・」
大きなあくびをして、奴は蕩んだ目と声で俺を嗤った。
「・・・・・・見てみろ、与太話が長すぎて、もうとっくに 紙幅が尽きてるじゃぁねぇか・・・・・・・・・・・・」
そう言うか言わないかのうちに 奴は目を閉じると、たちまちに低く鼾をかいては寝穢くソファに沈み込んでしまった。
憮然として立ち尽くす、と云うのも まさしくその時の俺の様であったか――――――――
一季出版さん 月刊ゴルフマネジメントで連載させていただいておりますグリーンキーパーの野帳の付録。34回の付録の二回目であります............ って 本編のように 枚数の制限がないので面白がって書いていたら、終わらないどころか こんなになっちゃった(わはは・汗 |