36-1.『“ふっくら”と“ふっくり”は違うんだぞ』って............
36-1. 『“ふっくら”と“ふっくり”は違うんだぞ』って 解らないってば............
『バーチ掛けてぇなぁ・・・・・・』
どうしようもなかった六月七月を過ぎて、なんだか 今一つぱっとしない八月を乗り越えて、九月になると ようやくにお天気は安定した............
安定した......どころか、気が付けば 段取りに占める『一日中を冷やかして・・・・・・』と云う 件のとんでもない重労働になってしまっている あの仕事の割合が増えていた。
ところが お天気の好転を見て喜ぶどころか、奴は却ってぼやき始めていた。
「なんだよぉ、日中ここまで暑くなるなら 日本芝の更新作業やっても良かったのかなぁ・・・・・・でもなぁ、“商い急ぎては 損の出る”とか云うし。やっぱり今年は待ちで良かったのかなぁ・・・・・・」
奴でも迷うことがあるのかと 面白がって見ていると、
「どこか二ホールか三ホールだけ、半分だけ施工して来春の芽出しを見てみるのも面白いけど・・・・・・」
......そう云いながら、奴の頭の中身のどうなっているんだか、
「・・・・・・でもぉ、やっぱりグリーンにバーチ掛けてぇなぁ」
単純にバーチと云えば 俺達の間では“バーチドレイン”で通っているが、奴の云うバーチ......と云うのは どうやらバーチカルカットの事らしかった............
バンカーのエッジなんか もう何年も切っていなかったので、バンカーレーキを入れるとレーキが引っ張った芝のランナーが簾の様になっているような 本当にいい加減なバンカーの、そのエッジを奴はまた 深深と高高と切る様にアンダーリペアの白線引きでマーキングを続けた。
ついでに云うと、それに合わせて 今まで真っ平らだったバンカーの砂の面も切ったエッジに合わせて 深深と高高と摺り合わせろと言い出した。
やってみれば確かに景色として良いかも知れないが、
「こんなのあとのメンテ面倒臭ぇよなぁ・・・・・・」
......なんだって面倒でしんどいことこの上ない作業だし、このあと雨が降れば擦り上げた砂は流れ落ちるだろうし、均す時だって今までの様に機械で 丸書いて
と云うことで 現場の俺達には 至極不評であった。
「なんだよ、何でこんなことしてるんだよ・・・・・・」
一応のテストケース。出来上がりを見ての判断。と云うことで ハウスやコース委員会の了解を取り付けて始めたこの仕事であった筈が、いたく不評であったのは メンバーさん皆さんも同様だった。
「・・・・・・お前ら 何でこう云う良い仕事を、なんで“おまけ”なんかの方からやってるんだよ。“おまけ”なんかどうでも良いんだから
現場で作業をする俺達は、通りかかるメンバーの誰しもから 異口同音に それこそうんざりするほどに
「どうせ同じ苦労するならね、俺達だってそうしたいのは山山なんですよぉ・・・・・・」
その言葉を呑み込んでは 曖昧な愛想笑いを浮かべて、俺達は仕事を続けていた。その横を.........
「おっ、良いなぁ。こう云う仕事をして慾かったんだよねぇ」
......大はしゃぎで行き過ぎるのは“おまけの主”の 本社の常務だけだと云うのが実情であっ。
奴は喜んでいなかったのかって?
そりゃぁ仕事の出来映え自体には ご満悦だった様だ。ご満悦だった様だが......
『ありゃぁ このまんま“おまけの主”のお気に入りになっちまうんじゃぁねぇのか?そろそろ支配人がアンテナ張り出してるぞ・・・・・・』
そんな 密かな期待と囁きが社内に聞こえ初めてもいたし、奴自身それを相当に拙いと思っているのは 間違いない様であった。
実際この会社は 銀行上がりの支配人と 本社の常務の反目に限らず、やたらに人的な厄介事が多すぎた。
実を云えば 先代のキーパーが全部を放り出して遁走放きやがったのも 自身の無能と無策半分、この会社の厄介事半分だった
「うーん、俺もねぇ 昔はハンモックバンカーなんか嫌いだったんだよねぇ。雨の時や均す時に面倒でしょうが無かったからさぁ」
ハンモックバンカーというのは 砂の面の平らでない、今俺達がせっせとエッジを切っては砂を擦り上げている......そんなバンカーのことらしかった。
「ただねぇ、朝とか夕方の 光が斜めに入ってくる時に出来る陰翳の綺麗さに気が付いた時に、あれこれ組み立てが変わったんだな」
......それは、エッジを切っている俺達のところに 件の“屑屋跨ぎ”でやってきた奴が『もっと湯上がりの年増の腰のラインみたいな艶気を出しておくれよ』なんて いちゃもんを着けたのがきっかけだった。
「バンカーの砂が平らじゃぁいけませんか?」
それは、バンカーの形を変える事への抗議でもなく その仕事の大変さを零すのでもなく、ただただ メンバーに『お前ら“おまけ”なんかどうでもいいから・・・・・・』と言われ続けるのに倦み厭き果てた俺達の繰り言であったのだが、
「まぁ お座りな。ちぃっと一服すべぇか」
奴はにたり笑うと 木陰に俺達を誘った............
「あのな、バンカーの本来砂であるべき面を芝にして 本来三次元の曲面であるべき砂の面を平らにして・・・・・・って拵えは、確かに手間もかからないし 仕事も楽なんだよな。でもそれってさぁコースの“あるべきやう”から外れているんだよね」
なんだか のっけから“sibakuro語録”が始まったと思ったら、“あるべきやう”と云うのも 禅宗の言葉で、もう思い切り端折って云ってしまえば『本来あるべき姿』と云った様なことらしかった。
「戦後のゴルフコースの設計の大御所がな、ある時 あるコースでせっせとマウンドを拵えていた現場の土方さんにこう仰ったんだそうだ。もちろんその頃はまだ 今みたいに大きな重機で一息に大土量を何とかできちゃう時代じゃぁ無くってな、畚や鋤簾の手仕事の古き良き時代なんだけどな・・・・・・」
もうこうなると 奴も俺達も仕事そっちのけだった。
「・・・・・・こうな、土方さんがせっせと拵えていたマウンドを見た大御所が『君君、君のお母ちゃんを湯上がりに素っ裸で寝転がしたら、その身体のどこにそんなマウンドが出来るのかな・・・・・・』ってな。要するにマウンドに限らず ゴルフコースの造形や 刈り込みなんかのラインてのは、その辺の玉蜀黍におっぱいだけくっつけた様な あちこち尖ったり痩せ痩けたりの小娘じゃなくて、女の膏脂の
「それを誰から聞いたんですか?」
「その大御所の後に着いて 一緒に現場を歩いていた人から伺ったんだよ。だから俺なんかは 受け売りどころか 受け売りのそのまた無断転売の世界だけどな」
「あぁたの脳内で 相当に自分に都合良く解釈していませんか」
「湯上がり、お母ちゃん、素っ裸で寝転がす、の三点は間違いない」
......って奴はきっぱり言ったが、ぜんたい どこまでが本当なんだか 与太なんだか知れなかったものの、何となぁく解りやすい喩えであることは確かだった。
「こうな、方程式で著せない 雲形定規で描けない 年増の淫微猥妙って解るか?ふっくりした肩先から鎖骨にかけての ほんのりした窪みとかな、真白の項から背にぬめる様にして落ちる 熟れた女の膏脂蒔いた円味とかな、膝を崩して座った時の ぎゅうと絞れた腰に深く刻まれた皺とかな・・・・・・」
俺の横で、馬公それこそ涎を滴らさんばかりに聞き込んでいやがる。
この間から通い出した、駅前の良い頃合いの年増の歯医者さんに、奴はすっかり目覚めてしまった様だった。それまでは俺のことを熟専だの フケ専だのと 散散に虚仮にしていたはずなんだけど、最近は先頭ぶっちぎりで 総務のマドンナに入れあげてもいるんだが......
って馬鹿、何をもぞもぞやって直していやがるんだ この俄めが............
2009.10月号 36.かちかち山の狸は 不渡りに眠れぬ夜を過ごすか より付録の一つ目 このサブタイトルは あれです。今にしてもダサダサです(大苦笑 元ネタはもちろん あの映画『ブレードランナー』の原作の“アンドロイドは電気羊の夢を見るか”なんですが、どうだ 富士山の天辺から滑落した様なスベリ方ではないか(泣 ちなみに 戦後の大御所が 土方さんに仰った話も実話であったりします もう ちなみに大御所のお名前は、流石に内緒。神格化してらっしゃる方がごまんとおられるので、お叱り頂きそうですから(笑 |