35-2.『どうせ落っこちてくるものには勝てない』そうで............


sibafunokuroko's website仰峰閑話second season
グリーンキーパーの野帳付録spin off



《前回を御覧でない方はこちらから............》
「ぅわぁ〜 でたぁ〜」  って、人をお化けみたいに(苦笑  「魂ぃ吸われるぅ・・・・・・」  だからグリーンはゆっくり刈りなさいって(笑





『 アタイの秘密の隠れ家よぉ〜ン(くつろぎ〜♪ 』
『とりあえずグリーンは一時間水を撒けるようにしておかねぇとなぁ・・・・・・』




それは、着任以来 sibakuroが始終口にしている“カルトsibakuroの教え”の一つだった。
当初俺達 それを耳にしたときには絶句して、そうして 後で陰に廻って散散さんざに嗤ったものだった。
何せその頃は ここんち、、、、のグリーンと来たら 十分かそこらスプリンクラーを廻すだけで水浸しになってしまう様な有様だった。競技でもなんでも雨なんか降ろうものなら、もうハウスからひっきりなしに掛かってくる『何とかせぃ』の電話から 先代まえのキーパーも俺達も終日逃げ回っていなければならなかったくらいだった。
それを『当面の目標は 一時間散水の出来るグリーン』だって?
そんなことが出来たら 苦労しねぇよなぁ............





「おっ、みんな揃ってる?」
前のコースからさくらと一緒に背負っ引いてきた、それこそ屑屋も跨いで通るような、大概の故障や損壊にもへこたれない筈の うちの機械の担当ゴコサンをして『あれだけは手を着けたくない』とビビらせた、本当の本物の驚異のスーパーカブでsibakuroがやってきた――――――――




俺達が時間を指定されて集まったそこは、三方を法面と林で囲まれて やたらに熱気の籠もりやすくて 今までも駄目になる時には真っ先に駄目になる、ここんち、、、、のコースの鬼門のグリーンの中でも 図抜けて断トツの万年天誅殺みたいなグリーンだった。
『なぁに、十九枚も二十枚もグリーンがあれば 一つや二つはそう云う無理のかかっているグリーンがあるもんだ。ましてやここんち、、、、は三十枚だもんな。そんなグリーンの 三つや四つや五つや六つ、屁でも河童でも持って来やがれ』
sibakuroはへらへら笑いながらそう言っていた。
そうして、全部で三十枚のグリーンの中で そうした弱点のグリーンには、散布する資材や薬の量が多かったり 時には肥料の量をそこだけ落としたり。更新作業でも深さを変えさせたり 時には二度かけたりと云う、まことに厄介な段取りを俺達に押しつけて来ていた。




「さぁ お立ち会い」
この時間になって 結構日差しのきつくなってきたグリーンの上で、sibakuroは小汚いショルダーバッグから煙草の箱より二回り程大きい位の箱を二つ取り出した。
ボタンがいくつかと 小さな液晶と、細いコードの先に何かくっついている、そんなものを見たのは初めてだった。
遠隔温度計と 温湿度計。USBでパソコンにデーターを記録できます
「まずは表面の温度だな・・・・・・」
ボタンを押すだけで 数字が出た。
「グリーンの表面すれすれの気温が三十度で、表面も・・・・・・まぁそんなもんか」
なる程これは デジタルの温度計なんだ.........
「でな、この表面から五センチ下だ」
sibakuroは洋食器のナイフを削って作った、それも散散に使い込まれたグリーンフォーク兼 草抜きでグリーンに穴を空けると、そこに温度計から出たコードの先の金属の棒を突っ込んだ。
「・・・・・・な、三十六度もあるんだな。こんなに熱が籠もっちゃっていたら 根っ子に良い訳無いわなぁ」
へぇ・・・・・・
それは 夏の午後の、ちょっとした理科の実験だった。
「おぉし、これから一時間水蒔くどぉ・・・・・・」
sibakuroの言葉に sibatamiは肝を潰していた。




夏の日中に散水するなんて、セオリーに反する・・・・・・




そう言ったsibatamiに、奴はにたり笑った。
「大丈夫、このホールは二時頃に最高気温を記録するとあとは釣瓶落しみたいに気温が下がっていくんだ・・・・・・」
そう言って、ショルダーバッグの中からA4のコピー用紙を取り出して俺達に見せたのだが それは.........
「これな、このホールのお天気の良いときの一日の気温。十分おきに自動計測したのをパソコンに送ってグラフにしたのな・・・・・・ほれ、大体二時過ぎには気温が下がり始めてんだろ。日没の頃には 二十五度を割っちゃっているんだ・・・・・・」
いつの間にそんなことをしていたのやら、
とまれ それはsibakuroの言葉通りのグラフだった。
「とりあえず、一時間ぶっ続けで撒けるかなぁ・・・・・・sibatamiさんやぃ。おまいさん ここで水の番していてくれや。もし水が浮いて流れ出しちゃったら、一旦スプリンクラー止めて 十分くらいして水が引いたらまた散水な。他のお前らは 手分けして頭の方のカップ切りと バンカーの手均し。一時間後にここに集合ぉ〜」
そうしてsibakuroは “屑屋跨ぎsibakuroのカブ”に跨ると、もう人間が駄目なのか 流石に乗り物が寿命なのか、まぁ 案外もうどっちも風前の灯なのかもしれなかった。とまれ奴等は よろよろといたく危なっかしく走り去った。




だから グリーン刈りで息を切らせてどうするか(笑
そうして一時間後に みんなが集まるまでに、グリーンの面に水が浮いて止めたのは一回きりだった。全員が揃っても、指定の一時間にはあと十分程スプリンクラーを回し続けなければならなかったのだが.........
「へぇ・・・・・・まぁまぁ、かねぇ・・・・・・」
sibatamiの報告に、さも面白くもなさそうにsibakuroは言った。
俺達にとっては 三十分以上スプリンクラーを回せる状況というのが信じられなかったが、sibakuroには 何か不満があるようだった。
――――――――もしかして 一時間ぶっ通しで水が撒けることを期待していたのかも知れなかったが.........
それはおいても、そういえば。この間までのしつこい梅雨の期間中も後半戦は『グリーンに水が浮いているからなんとかせい・・・・・・』と云う話はなかったような気がするんだけど・・・・・・




「なぁ、夏の日中に 芝の色が変わるって、何が原因だと思う?」
スプリンクラーはまだ廻っている。
手持ちぶさたの俺達に、sibakuroがのんびりと聞いてきた。俺達一同はその解答こたえを探す前に、いったい何の話かと身構えていた。
そのさまに、答えなんか期待できないと思ったものやら。あっさりとsibakuroは話を続けた。
「日熱を喰って 火傷をしたみたいになっているか、過剰に蒸散しちゃった状態か、植物自体の組織の冷却が間に合わなかったか。とこが乾燥しちゃったか、とこに熱が籠もっちゃって蒸れちゃったり、籠もった熱そのものにやられちゃったのか。もしかして表面に残っちゃった水が日熱で温まって煮えちゃったみたいながっかり、、、、か。そんなに気温も高くないし日照もそこそこであっても、芝が肥料を喰っていて水分を欲しがっているのに、もしくは生理的に水分を多量に欲しがっている時期なのに こっちが迂闊に水を切らせちゃったか・・・・・・ざっと数えてもその位の原因はすぐに挙げられるんだけどな。まぁ、 結局 いくつもの因子が嫌らしく絡み合って色が変わるんだろうけど、而して さぁその対処法は?」
何でいきなりこんなところで講義が始まるんだ・・・・・・
なお一層身固くに構えた俺達に やっぱり答えなんか期待できないと思ったか、sibakuroは あっさり続けやがった。
「答えは一つ。『必要なだけ水を撒いてやる』だよな」
膝カックン みたいな答えに、やっぱり煙に巻かれちまったとうんざりした俺達だったが、ちょうど良いところでスプリンクラーが止まってくれた。
時計を見ると三時をちょっと越えた頃合いだった。
「さぁ、今一度のお立ち会い・・・・・・」
sibakuroがさっきと同じ作業をすると・・・・・・表面すれすれの気温は二十九度。ところが 五センチ下の地温は三十一度。実に一時間の散水で五度から温度が下がっているのだ。
「な、この五度下げてやるってだけで 根っ子ちゃん 大分楽になれるだろ」
そう言いながら、今度はグリーンの脇の排水升のグレーヂングを外すと覗き込んで言った。
「おっ、出てる出てる・・・・・・お前らこれ 触ってみ」
排水升の中に じょろじょろと音を立てて流れ込んでいるのは、グリーンからの排水だった。手を突っ込んで触ってみれば、ぬるま湯と云って良いくらいに暖かい。
「な、この数字見てみ」
sibakuroがその水を掬って、なんだか不細工なほど大きな体温計みたいなものの先にかけては その液晶に出た数字を見せてくれたが、その数字の何たるかが俺達には解らなかった。
「まぁ、要するに肥料っ気があるよって事なんだけどねぇ・・・・・・まぁ いいや。何だし 夏休みの自由研究のネタはここまでな。とりあえず 一時間水をくれれば床に溜まっている肥料混じりの水の入れ替えが出来て 地温も下がるって結論な。夏場に夕立があって 芝が生き返ったって 良く云うだろ。スプリンクラーよりも雨水の方が芝には効くとかさ。まぁそう云う理屈に近いやな。あとは実践あるのみ。今日はこれから このメモの十五ホールに手分けして一時間の散水。一遍に全部出すなよ。圧が下がってまともにかからなくなるし、揚水ポンプのキャパ超えて 受水槽空にして減水の発報させたら 施設のおっかない小父さんに怒られちゃうからね。それから 水が浮いて表面流れ出したら必ずスプリンクラー止めて 十分は様子を見ること。相談して アウトイン“おまけ”で上手く割り振って撒けば七時くらいまでには何とかなるだろ。事務所でお中元のビール冷やして待ってるから、頑張って一回りして来てくれや」
.........そう言えば sibakuroに呼ばれてここに集まっているメンバーは、全員クラブハウスの裏手の寮住まいの、あの“おまけの六番裏の焼き肉大会”のメンバーだった。
居残りでグリーンの散水をするには 些か余分な人数だったが、それも このキーパーsibakuroなりの気遣いなのかもしれなかった。




まぁ そう云うことなら・・・・・・
給水の経路や 同時にスプリンクラーを回せるホールを思い出しながら、俺達は半ばうきうき、、、、としながら誰がどこに行くのか相談していたのだが.........
「あれ?そう言ゃぁ さっき親爺っさんサブキーパー ケータイで ハツとかミノとか 炭がどうとか言ってなかった?あれって、山の下の奥さんがやってる肉屋にかけてたんじゃぁねぇの?」
「そういやぁ パッテンに顧問こわもてさん来てたぞ・・・・・・」




一瞬にして俺達 浮き足立っていた。
俺達がそこから全力疾走を開始したのは言うまでもない。
もちろん、sibakuroが仕度してくれるお中元のビールと、親爺おやっさんが仕度してくれているであろう焼き肉を目当てじゃぁない。
いや、目当てなんだ。
目当てだからこそ、俺達は血相を変えて走り回ったんだ。
だって sibakuro親爺おやっさんと 顧問こわもてさんの三匹のけだものが、あと三時間も四時間も 焼き肉とビールを前におとなしく座っているわけが無いじゃぁないか。
もしかして俺達って 焼き肉パーティの出汁にされただけかも知れない。
俺達がただちに全力疾走を始めたのは言うまでもない――――――――








2009.9月号 35.虫歯をつつけば君子のずるより 付録の二つ目です。

元ネタは昔書いたこれだったりします(笑

実際に 透水性の落ちたパッティンググリーンを 一時間水が撒ける状態に持って行くには相当に強引な仕事をしなければならない時期というのがありますが、一回それが出来る様になると 後はそんなに目くじらを立てなくても良い様ですねぇ。