35-1.『まぁ お天気なんかどこかで帳尻が合うものだから』だって....
「こんなことしちゃって良いんですか?」
「こんなやり方聞いたことがないですよ」
「こんなことするの初めてだよ」
今度のキーパーが着任して以来 俺達が口にするのはそんな言葉ばかりだった。
まったく奴の段取りと来たら 正しく奇想天外摩訶不思議奇妙奇天烈問答無用なものばかりだったからだ。
そんな俺達の素朴な疑問や 明かな動揺に、奴はにったり笑ってこう云うのが常だった。
『いいかえ“百のコースに百のやり方 百のキーパーに百のやり方”って コースの仕事の祓詞があるんだ。いつも頭の隅っこに置いとくと良いよ』
なんだし今度のキーパーは 事ある毎に 訳の判らない、まるで禅問答のような言葉を繰り出しては俺達を煙に巻いて悦に入っている妙な人だった――――――――
着任した日にホールカッターを持って一日バイクを転がして コースの中をふらふら遊び歩いていたと思ったら、いきなり機械屋に電話して それまで俺達が見たこともないような太くて長い十字タインを取り寄せた。
こんなもんで突かれたら壊れちゃう・・・・・・
エアレーターに着けられたそれに 目の玉をひん剥いた俺達に、
『な、こう云うのって 男の願望だよな。“より太くより長くより硬く”ってな』
なんて莞爾と笑って見せた。
さっそくその日のうちに最終組を追いかけてグリーンの穴開けが始まっていた。
「
何だって、いきなり何を言い出すのやら、
俺達が 新任のキーパーに抱いた云い様の無い恐怖と不安と云うが、御覧の皆さんにお解り頂けるだろうか............
それからはもう年がら年中穴開けだった。
それも太かったり細かったり 深かったり浅かったり・・・・・・
毎回変わるその〔段取り〕に呆れる俺達に今度は、
『三浅一深とか 三柔一強とかなぁ、芝も女の子と一緒だな』
とか云っているんだよねぇ.........つくづく解らない人だ。
穴開けと言えば、着任と同時にティもアプローチもコアリングで穴だらけにしてしまっていた。フェアウエイは十何年かぶりに倉庫から引っ張り出され、機械の担当に他の仕事を全部止めさせた上に 休日返上で復活させたスライサーでずたずたに切り裂かれてしまった。
慌てふためく支配人やキャディマスターを、どうして煙に撒いてみせたものやら知らん、
『日本芝の更新作業は 五月の連休前後と お盆前』
俺達の前ではそんな言葉を何回も口にしていた。
まぁ、そう云う 多少はまともそうなことなら まだ良かったんだが、そこはさすがに“芝生のカルト”、
『今年は六月から七月に閏月が挟まっているから 夏のお天気が分んねぇぞ』
......さっぱり要領の得ないことを口走りながら俺達に散散に発破をかけ続けた。
それが当たったのか たまたまかは知らないが、ティからグリーンまで 法面を除くスルーザグリーンに穴を開け スライシングをし、その終わりの無いかと思われた悪夢のような五月の段取りもようやくに先が見えかけた頃、ついでに云えば 俺達が昼休みに睡い目を擦りながら 肥料や薬剤の換算表を拵え続けていた頃。俺たちの体力と忍耐力の限界が訪れかけていた頃に、あとで気象庁が梅雨明けの宣言を撤回せざるを得ないような今年の梅雨の走りが訪れていた............
さぁ、芝生で飯を喰う者にとって 悪夢のようなお天気の六月と七月がようやくに終わると、今度は嘘のように過酷な夏空が――――――――
何となく そんな風に思い描いていた俺の八月は、いや 何ともぱっとしない夏に終わった。
上旬は七月同様の雨空が続き、ようやくに雨量計の線が平らになったのはお盆を目の前にした頃で、俺達はやっぱりグリーンの穴開けに精を出していた。
で、やっとフェアウエイも乾きだして タイヤの後に怯えながら芝刈をしなくても済むかと云う頃――――――――
相変わらず犬と遊んでは ソファで爆睡して暮らしていた奴が、むくり起き上がったのは そんなある日だった。
外は 快晴とまでは行かないが、晴天で蒸し暑かった。
「グリーンに水撒くぞ。もうすぐ大潮だべ」
やっぱりこの人は“芝生のカルト”だよ............
奴が釣りをするなんて聞いたこともないのだが、その机の上には 何時もネットで拾った その月の潮時表と月の朔望の一覧が置かれていた。
犬と遊んでいない。寝てもいない。飯喰ったり ハウスに呼び出されてもいない、ゴルフマネジメントを読んでもいない ネットで何か調べてもいない時には、ほとんどその表を見ながら何か手控えている.........
そう云っても過言でないほどだった。
「まぁ 新月だから そんなに慌てなくっても良いんだろうけどさぁ・・・・・・」
本当にこの人の云うとおりにやっていて 良いんだろうか........
些かならぬ不安に囚われた俺だったが、
中に散っていた若い衆が呼び集められて、奴の段取りの説明が始まっていた――――――――
2009.9月号 35.虫歯を突けば君子の出ずるより 付録の一つめ “月齢と植物の吸水力の相関関係”については『ブラッドリー曲線』で検索すると面白いかも......です( 本当に“芝生のカルト”化していますですが(笑 まぁ“付録”で、こう云う 御覧になった皆さんの 真贋の信疑の程は くれぐれも 是非にも是非にも皆様御自身の責任の範囲でどうぞ ネットは |