34-4.『あとは勝手にやらせるさ』とか言ってるし.........
《前回を御覧でない方はこちらから............》
「肥料の件ですけど、何でそんなに単肥に拘るんだかね・・・・・・」
前説なしでいきなり質問を投げかけた俺に、奴はソファに寝転んだままで さもうんざりした様に言った。
「お前さぁ、今時 駅前の如何わしい宗教の勧誘や 胡散臭い英会話スクールの勧誘だって『チョットイイデスカ?』位の前振りがあるだろぉ」
って、駅前の宗教や英会話の勧誘の人たちの方が “芝生のカルト”のあんたよりも余程に健全明朗で人畜無害な存在に見えますよ.........なんて言葉を呑み込んだ俺の目に、それでも今日の奴は少しく顔色も良い様に思われた............
って、別に俺はあなたとの会話に 色とか艶とかそう云う類の物を求めていませんが............
「とりあえず、単価が安くなるのかなぁ・・・・・・とは思っているんですけどね」
あんた性根の座った吝ん坊だから.........無論面と向かってそこまでは言わないが、どうせこの吝腐れのキーパーの事だから、そんな物だろうと。
「あとは 単肥で体型組むことで、施肥の目的が明確になるのかなぁ・・・・・・とかね」
って、それは 今この場で思いついたことだったが、ついでのことでもあり 何となくもっともらしくもあったから俺はそれも併せて口にしていた。
よっこいしょ・・・・・・
何だって やたらに大儀そうに奴は身を起こした。
「単肥の組み合わせで 施肥の目的が明確に出来るってのは、すりゃ花丸の大正解。もう片方の 単価ってのは、一寸前なら正解の口だけど どうも最近は 当たっている様な 当たっていない様な・・・・・・なんだな。最近は探せば安くてそれなりの肥料も出来ているし、そっちの値段はまだしも 去年単肥の値が跳ね上がって、それから少しは安くなったって云っても 結局元に戻っていない状況考えるとな。単肥の組み合わせも昔みたいに倉庫の扉の陰でほくそ笑んじゃうくらいの旨味は 実はもうそんなに残っていなかったりしてさぁ・・・・・・」
その馬鹿でかくて分厚い手で肩の辺りをぐいぐい揉みながら奴は続けた。
「むしろあれな。タンクミックスする時に間違えるリスクとか、そも タンクミックスする手間とかな。倉庫じゃぁ場所取るし 在庫の管理も面倒だし、あれこれひっくるめて考えると、芝用とまでは云わないけど できあがった農耕地用の液肥買ってきた方が安いかもしれないなぁ・・・・・・」
「そう言いながら やっぱり単肥ってのは、なんか他に理由があるんですか?」
「う〜ん、やっぱりあれは原体験ってのかなぁ」
眉間に深深と皺寄せながら、奴はゆっくり首を曲げてごくごくと不気味な音を響かせた。
「子供の頃さぁ、たまに家族で出かけた時に 街道の海岸端で蛸とか烏賊とか 皮剥なんかを一夜干しにしたのを売ってるのな。それをまたうちのお袋が、『そんなに喰って良いんか』ってくらいに しこたま買いこんでな、あとは家にまっしぐらだ。そこは俺が係だったから 家に帰ったいの一番に 七輪に炭を熾して 網載っけて それを片端から炙り始めるんだ。炭が熾きたらコップの冷や酒嘗めながら 表裏炙ってな、火傷しそうに熱熱なのを ひぃひぃ悲鳴あげながら手で裂いて、ぐいっと一口くれて それを噛み締めると いやこれが旨いこと旨いこと・・・・・・」
「って、子供の頃でしょ。一体いくつの時の話なんです?」
「味を占めたのは 小学校の三年とか四年の頃かなぁ〜。子供心にもあれは ビールとか洋酒でなくて 絶対に冷やだって確信してたからね、親父に頼んでその日の晩酌は冷やにして貰うんだ。剣菱とか辛口が良かったね。お中元で剣菱とか頂けると嬉しかったもんねぇ。でね、愛用のバヤリスのコップに冷やを分けて貰ってさ、それを呑りながら お勝手の窓の下で集ってくる藪蚊叩きながらね、こう 団扇で扇ぎながら皮剥とか烏賊を炙るのな。熾した炭が良い案配の熾きになる頃には もう冷やがいくらあったって足りゃしねぇや。炭ぃ足した、炙った 裂いた、居間に運んでもう一杯おくれってな。下足や頭の三角は俺とか姉貴の取り分で、胴体の柔いところが その頃から歯の弱かった親父の取り分なんだな。飯の支度しているお袋が お勝手の窓から『あんた明日学校なんだから 飲み過ぎちゃ駄目だよ。大概にしておおきっ』って前科持ちを見張っているから、お袋の目の離れたその隙に 頭の三角銜えて 炙って裂いた胴体皿にのっけて 家のぐるりをこっそり回って客間の方から内に上がって 相撲の千秋楽見ている居間の親父に声を潜めてコップ差し出して『父ちゃん縁まで注がれると母ぁちゃんにばれちゃうから お願い内緒でもう半分』って・・・・・・」
「まってまってまってまって・・・・・・」
このまま好き勝手にべしゃり入れさせ続けさせたら このまんまこの人は遠い目のまま どこかに行っちまいそうだった。そうなる前に正気に返らせないと、肥料の話が聞けそうになかった。
「そうだそうだ、原体験だったな。覚えないか?お盆で親戚が集まった時に、昔一緒にお風呂に入った従姉妹のお姉ぇちゃんがお母さんになっていて 仏間で赤ちゃんにお乳含ませているのを見てどぎまぎしたとか。夏のお祭りで近所のお嫁さんが浴衣着て歩いていて その襟足と後れ毛に胸がばくばくしたとか・・・・・・」
「ああぁ、ありますねぇ・・・・・・あるなぁ」
「な、少年はそうやって年増好きになるんだ」
ってか 確かに俺は年増が好きだけど、浴衣のほつれ毛よりもイブニングドレスの鎖骨とか.........(あれ?
この項 さらに続く............
2009.8月号 34.みんな顔と看板で生きているのです より付録の四つ目です なんだか 久しぶりに箍の外れた状態で書き散らかしておりますが(笑 多分書いている本人が 一番楽しませて貰っております(すみませんすみません |