38-1.『どのくらい良いサブに恵まれるかで』って.........
グリーンキーパーの野帳の付録
38-1.『どのくらい良いサブに恵まれるかで キーパーの仕事は何割も違う』って 自分は恵まれてるって言いたいのね............
――――――――で
“おばねぇさん”突如奴に告げたそうな、
......曰く
『できちゃったんですぅ〜』
それに答えた 奴の、いや 間抜けた面と云ったことはなかった・・・・・・
......いや、それは 決して俺が言ったことじゃぁないんだけれども、
さしも 勘ぐりと 要らない深読みに長けた奴をして、唖然噛まさせ 呆れ果てさせては、ドタ退職の“おばねぇさん” 意気揚揚とコース課を去っていった。
とまれ“でき婚&ドタ退職宣言”より後 姿を消すまでの数日の間の、“おばねぇさん”の、いや 機嫌の良いことといったら無かった。
正直に言おう。
俺達は それ以前のあのけんつくした“おばねぇさん”と、それ以後異常なまでのテンションで上機嫌の“おばねぇさん”のギャップを埋められずに 呆れることにさえ倦み疲れ うんざりさせられるばかりではあった。
それを奴は、
「なぁに、人の心の罣礙たるものから解かれたときの言い行いの有頂天なんざぁ、須く身勝手なものと辨えるべきものだ」
なんて笑って見せてはいたが、要するに 厄介事の一つが勝手に片付いてくれたことに安堵しながらも、そこはグリーンキーパーとしての体面を重んじては 余裕をかまして見せているだけだろうと.........いや、しかしあの夕方、奴はどうやってあの逆上した“おばねぇさん”を捌いたんだか・・・・・・
で――――――――?
これが事の真相なのやら まことしやかに囁かれた噂はこうだ......
なんせ好い加減にとうのたちすぎた“おばねぇさん”は、その優柔不断な 愛しのダーリンとの これまでの いとも長過ぎる交際期間に業を煮やし、また些かならぬ倦怠と閉塞した状況とを無理が強情にも打破すべく、『できちゃった』の一言をその身にゲットして中央突破した......んだそうな。まぁ 女子ロッカー室や 給湯室で密やかに語られそうな話ではあるんだが、まぁいいや。
とまれ......
あ〜 そ〜ですか
いやあ おめでとぉ〜
おしあわせにぃ〜
としか俺達には言えなかったんだが、いきなり事務員がいなくなると云うのも これは又俺達あれこれと遽しくなるばかりではあった。
本編に奴が書いた通り、伝票の整理や 帳簿の記帳と言った紙の仕事は 総務のマドンナが日に一回来てくれては片付けていってくれた。事務所の掃除や電話番は草取りの婆っちゃんが交代でやってくれ、肥料や農薬の在庫や 棚卸しは俺達若い衆.........って そんな仕事は俺のところに回ってくることと 端から相場は決まっていたんだけどね。
件の“アゲアゲの二十三歳騒動”については これまた本誌をご参照いただきたいんだが・・・・・・
その話にはまだ後日談があった。
......と云うか、もう 後はぐだぐだだった。
その日、俺が 何をどうしても辻褄の合わない農薬の出納簿と格闘している時のこと。
それまで 事務の“おばねぇさん”の使っていた机の電話が鳴った。
この着信音というのが、『お〜 ブレネリ あなたの お家は何処ぉ〜?』って、皆さんご存知のあのメロディなんだが、いったい職場の電話のこれは如何なものかと思うんだけどね。良識とか 常識を疑うんだけど......
......って云っても なんだって直し方が判らないから とりあえず放置してあるその電話の受話器を取ってみる......
「ここんちのコース課ですぅ」
『あ、お初にお耳にかかります。自分 御社のコース課の仕事がしたくてお電話いたしました。貴社にて採用のご予定はありますでしょうか』
「え?ああぁ・・・・・・キーパー席外していますんで 判りかねますが......」
『そうですか。いや、自分御社迄あと十四・五分のところにまで辿り着いております。よろしければこれから そちらにお伺いしたいんですが キーパーのご都合は如何でしょうか?』
「いやですからね、キーパー今いないぃ......ぃ?.........もしもぉ〜し」
......電話キレました。
「で、なんだよ。その兄ちゃん 面接に来るのかえ?」
「いやぁ・・・・・・分かんないんですけどね。電話切れちゃったし」
「なんだって 藪から棒ってば 六尺くらい有りそうだな」
「う〜ん、口調も言葉遣いも 結構しっかりしていましたけどねぇ・・・・・・」
さっきの電話の切れるのを見透かしたように帰ってきた奴と話していた 丁度その時だった。
『御免下さい。』
玄関に朗朗と響いた声は どうやらさっきの電話の兄ちゃんのようだった.........
「う〜ん、今コースで募集しているのって、事務員さんなんだよねぇ・・・・・・」
兄んちゃんの履歴書を手にした奴が 如何にも困ったように言った。
それは俺から見ても明らかに
『折角ですが 今回はなかったことに・・・・・・』
と言っていたんだが.......
「いえ、自分 事務でも何でも良いですから。是非に御社でお世話になりたいと思います」
兄ちゃん 一向に動ずる気配もない。
「いやぁ、あなたみたいな人を 事務で雇うってのは、如何にしてももったいないでしょ」
苦笑してそう云った奴の前に座っているのは 身の丈六尺を越え 目方で云うなら二十五貫目に余りそうな赤銅の偉丈夫だった。
それも もう十一月も半ばというのに その丸刈りのマッチョ君は白い半袖のTシャツ姿だった。それがまた それこそ丸太ん棒のような筋肉ムキムキの腕や 無駄にブリブリ分厚い胸で そのTシャツはパツパツで・・・・・・ってか お前あともう一サイズか二サイズ大きな物を着れば良さそうなものなんだがね......
洗い晒しのカーゴパンツは 白とグレーの雪上迷彩だろうか。このマッチョは なお同色の迷彩の編み上げブーツを履いて面接に着ていた。どうもそれは 外人並みに皮膚感覚のおかしな奴なりに冬を演出していたようではあった。
なんせマッチョ君。押しが強かった。
「いえ、自分現場でも構いません。コース課の仕事の経験はありませんが、大丈夫。体力にも自信有りますから。自分常日頃から文武両道を志しております」
「う〜ん、この仕事って向いている奴には そいつがどんなにチャランポランでも嵌っちゃうし。向いていない奴には どんなに優秀でやる気のあっても向かないもんだしねぇ・・・・・・」
「いや 自分は大丈夫です」
......マッチョ君やい。 君は 今自分が図らずも奴の虎の尻尾を踏んじまったことに気が付けていないだろ。その人は ど素人さんの根拠のない『いや儂は大丈夫』と云うのに いたく過敏な反応をするんだよ
「今ねぇ 現場の方は欠員ないし 増員の予定も予算もないからねぇ・・・・・・ってか、君 なんでゴルフ場のコース管理で働きたいなんて思ったのさ」
「いえ・・・・・・それは、豊かな自然の中で働きたいと思ったからです。自分のスキルやパワーをゴルフコースの管理に是非活かしたいと思ったからです」
「・・・・・・あぁ、履歴書にもそう書いてあるわねぇ」
......って、マッチョ君。君になんのスキルがあるって云うんだか ってか、事務職にパワーがいるのかよ――――――――
なんだって どこか調子のとっ外れたマッチョの兄ちゃんの面接を、俺は事務の机に座ったまま 帳簿の仕事そっちのけで
「それにしても、あなた 力ありそうだねぇ」
「あ、自分 ベンチプレスは120キロ。デッドリフトは・・・・・・」
「体力も相当なもんなんだろうなぁ」
「はい。大学の時はラグビー部で、二年生から正選手で 四年生では主将をやっておりました」
「おおぉ〜、そりゃぁ頼もしいなぁ。あのさ、コースで使う肥料って 一俵15キロと20キロなんだけど、春秋の肥料撒きの時なんか それを延延千袋くらい積んだり開けたりし続けなきゃぁならないんだけど。あぁたのその身体だったら一息に二千袋くらいいけそうだなぁ」
......あ・・・・・・もう始まってるんだな
「......それから これも春秋の除草剤や 殺菌剤の撒布の時は 夜明けから日の暮れまで、それこそ十何時間も糞重たいホースを引っ張って薬を撒き続けたり。肥料撒きも薬撒きもないときには、藪の下刈りやら 伐採や枝打ちやら・・・・・・今そこの事務机で紙仕事やってる弱っちいのなんか この秋の仕事で身体壊しやがってさぁ。とんでもねぇ甲斐性無しの 穀潰しじゃんねぇ。まぁ ただ休ませるのももったいねぇし、労災なんて云うと後で監督署がうるさいから リハビリ兼ねて事務やらせてるんだけど・・・・・・いいやぁ。このまんま あいつを事務員にして あぁたをあいつの後釜に据えるか。随分と 鍛え甲斐がありそうだもんなぁ」
「あぁ・・・・・・大丈夫です。頑張ります」
「コースの仕事ってさぁ、ある意味で究極のアウトドア商賣だから。暑くても寒くても 雨でも雪でも嵐でも外仕事。晴れていれば芝の仕事で、雨だったら排水の点検とか コースも見回り。雪が降ったら雪掻きで、台風や大雨の時には総員管理棟に泊まり込みで 三日でも四日でも家に帰れないし。猪や鹿がコースに入れば〔夜廻り〕と狩りもしなきゃぁなんねぇ。夏は 日熱と機械のエンジンの熱で 熱射病とか脱水症状起こすのが
......奴のペラが ここに来てようやくに温まってきたようだった。一方で マッチョ君は早くも鼻白むことの些かならぬ様子だった。
と、そこへ......
「おぉい、民ぃ、グリーンの穴開けするのにエアレーターのオペが足りねぇんだ......」
マッチョ、親爺っさんを見るなり その腰が浮いていた。
勿論親爺っさん、このマッチョ君程度の若造なぞ歯牙にもかけぬ。
「......熊公じゃぁ仕事が荒すぎらぁ。ちょっとお前こっちに来て手伝えや。このまんまだと 週末に間に合わせるのに 夜なべ仕事だ。まぁ、今週あたりは月も明るそうだし 照明もいらねぇだろうけどな」
にたり笑った親爺っさんのその顔に、マッチョ君の急にそわそわとしだしたのは如何なものか......
「あ・・・・・・ああぁ・・・・・・自分コース間違えてました・・・・・・」
で――――――――
その後は知らない。
なんせ俺はその場で マッチョ君の目の前で、いきなり親爺っさんに首根っこ引っ掴まれるようにして現場に連れて行かれちゃったんだから。
ただ、今こうして あのマッチョ君が
ある意味でもったいなかったなぁ。俺達が奴に虐められた憂さ晴らしに玩具にするには、マッチョ君 ちょうど良い生意気さ加減だったのに、
ってか、やっぱり俺 奴に似てきたような気がするんだが.........
2009.12月号 38.そうして、もう僕たちはマドンナに首ったけ より付録の一つ目 ええぇと、本誌の方の この回に出てくる“アゲアゲの二十三歳”については 半分くらい実話であります(爆笑 もっとも 履歴書見る前に「あなた コースの仕事を勘違いしているから」って帰しちゃったんですけどね(笑 今でも時時 あの娘を雇っていたらどうなっていたんだろうって思うことありますが(苦笑 で、実は 今回の附録の“マッチョ君”も半分実話 わたしって 何か妙なものを引きつける磁力でも持っているんでしょうか............ |